※オリジナル、IF 設定満載
 苦手な方やお嫌いな方はご注意ください


 繰り返しのらせん


   051:螺旋の階段を登りきった先にある筈の真実が見たい

 ブリタニアの隷属国土内に特区を作るという皇女の発想は明確なチカラと形を帯びて式典を迎えた。専属騎士となったスザクがついているからとライは小競り合いの鎮圧に駆り出されて顔を出すのが遅れた。反政府組織の黒の騎士団の動向もあるから任務終了し次第式典会場へ向かう手筈になっていた。何気なく世間話の心算で入れたスザクへの通信だった。それが始まり。
「やぁ、スザク、式典はどう…」
『ライ! ユーフェミア様が、ユフィが、おか……ゼロの所為…!!』
ジジッと焦げるような音が混じる。通信機器の故障だろうか。嫌な予感が胸をよぎる。近づくにつれて異常が判って来た。式典会場から人々が先を争って逃げて行くのだ。ライはその流れに逆らうようにして走ったがしまいには戦闘機を飛翔させて空から会場へ向かった。
「スザク、どういうことなんだ! みんな逃げてるぞ! 特区構想は失敗したのか?!」
距離が近づくと通信機器の精度も上がった。
『ユフィがゼロと二人きりでG1ベースに…そしたら走り出てきたユフィが、日本人を皆殺しに、しろ、と』
「なんだって?!」
『ユフィを探すのを手伝ってくれ! 会場は混乱がひどくて…警備だけじゃあ対応しきれないんだ!』
「了解した!」
ライはすぐさま戦闘機の索敵機能を起動させた。ユーフェミアの情報を打ちこむ。ようは探し出せばいいのだ。索敵機能や標的照準のレベルも高いこの機体ならやれるだろう。案の定、逃げ惑う人々を数値化し、座標で示す画面に紅い点が点滅した。ユーフェミアだ。
「スザク、見つけた! 座標軸はポイントG−18473、EF−09574…」
『ありがとう!』
スザクの戦闘機がユーフェミアの方へ向かう動きが画面に表示された。ほっと安堵する。とにかく皇女を助け出して事情を聴くのはそれからだ。
『ユフィ…』
同じように安堵したスザクの声が漏れ聞こえる。これで何とかなるだろうと安堵したライの目が釘付けになる。その座標点は動かない。紅く点滅して探索したユーフェミアの近くにいる。スザクに教えるべきか迷った。民間人であったならばスザクが助けだすだろうし人手もいるだろう。
「すざ…」
たん、と短い銃声がした。紅く点滅していたユーフェミアの座標点が消えた。生体反応消失。
「そんな?!」
『ゼロォォオオォオオオオl!!』
スザクの怒号が聞こえる。スザクの戦闘機はすぐさま現場へ着地し、同時に倒れたユーフェミアを抱えて飛び去る。途中で遮ろうとした紅い戦闘機さえ退けてスザクは安全な方へと飛び去っていく。ライは逡巡したが混乱した現場の鎮圧は収まると呼んでスザクの後を追った。

 戦闘機を下りたスザクが血まみれの皇女を抱えて走る。その後をライも走って追った。
「スザク、救護室はそこを右に」
答えさえない。スザクは精鋭の揃った救護室へ飛び込むと、皇女の命乞いをした。薄紅色をまとった皇女は今は深紅に染まり白く滑らかな皮膚は陶器のように蒼白い。明らかに、命の灯が消えかけていた。寝台へ皇女を寝かせて手当てするのをスザクが引きはがされる。ライもスザクの腕を退いて下がらせた。素人が傍についても役に立たない。
「スザク落ち着いてくれ! 何があったんだ! 皇女殿下の手当てはスタッフに」
静けさを取り戻したスザクの両手がぎりりと鳴った。白を基調としたスザクの礼服は今や敬愛する皇女殿下の鮮血によって深紅に染められていた。
「……ゼロが会場へ着た。ユフィと二人きりで話がしたいと言ったんだ。オレは止めたんだ! だけどユフィが私を信じてくださいって…出てきたユフィはユフィじゃなかった…ユフィが言うわけない! 日本人を皆殺しにしろ、なんて」
ヒュウッとライが息を呑んだ。皇女殿下直々の命である。兵士に従わぬ理由はない。
 スザクがライにしがみつく。皇女を抱いていた手が紅く染まってライのパイロットスーツに染みを作る。ずるる、とぬめるように滑っていく。鉄錆の様な臭い。
「皇女殿下!」
スタッフの声にスザクはユーフェミアの枕辺へ駆け寄った。ライも後ろからそれに続く。ライはごくりと唾を呑んだ。肌の蒼白さは灰白と言っていいほどだった。目淵に出来たくまやくすみ。虚ろに閉じそうに震える目蓋。それをライは知っている。瀕死の兵士と同じ顔を、彼女はしていた。もう間もなく彼女は死神の招待を受けることになるのだろう。天に召される最後の発火が愛するスザクを呼び寄せたのだ。彼女とスザクは愉しげに会話を交わした。スザクの両目からは滝の様に涙があふれた。その明るくくすみない頬を流れはとめどなく溢れ走り、それでもスザクは泣き声を必死に殺して、学校へ行こうよ、みんないい人なんだよ、楽しげに夢を語る。皇女の目から最後の涙があふれて目蓋が閉じられた。彼女の生さえもまた、断たれた瞬間だった。泣き叫ぶスザクを引き剥がしてスタッフが必死に手当てを施すが効果はなく、胸元に手を組んだまま皇女は微動だにしなかった。
 座りこんで慟哭するスザクをライが抱き締める。愛しい人を失う痛みをライはこれでもかと思うほど知っている。そして今また、新たに傷を負った。スザクと一緒に愉しく交流を持った皇女は帰らぬ人になった。理不尽な何物かによって。ゼロと二人きりと言うそこが要であることは想像がつく。スザクも判っているだろう。だがそこで、なにがあったか、となると。彼女と交流経験から見て彼女の言動は明らかにおかしい。彼女の喪失で冷静さを欠いているスザクには申し訳ないがゼロのその後が知りたかった。彼女に何かしたとすればゼロしかおらず、このように人の信念さえ捻じ曲げる能力。ライには痛いほどの心当たりがある。確かめる必要があるな。冷徹に考える。スザクは騎士となった時の証を握りしめて耐えていた。ライはユーフェミアだけではなくスザクさえ喪失しそうであることに気付いた。
「すざ」

「しりたいかい?」

二人が顔を上げたのは同時だった。そこにいたのは長い練色の髪。毛先へ行くに従って緩く巻いている。額をあらわにした髪止めとあどけなさの残る少年の顔立ちや体つき。皇族のように仰々しい服だ。
「うわ、あぁあぁぁぁ、あ、あぁぁぁあ!!!!」
ライが悲鳴をあげて飛び退った。医療スタッフが気を利かせてこの部屋にはスザクとライ、皇女殿下の遺体しかない。そこにどうやって、とかそういった疑問がわく前にライは恐怖した。ライに心当たりの能力を授け、深い眠りに落としたのは何を隠そうこの少年だ。
「ライ、どうしたの…君は、どうやって、ここへ…」
平常心のように見えるが崩壊をきたしているスザクの声は平坦だ。
「彼女にはかわいそうなことをしたね。でもしょうがなかったんだよ。ゼロの所為さ。知りたいかい?」
スザクが捧げもののように、胸の上で組まれたユーフェミアの手の上に懐中時計を置いていた。それを指先でつつつとなぞってからくふふ、と笑う。
「ナナリーだけじゃあつまらないからね。だからさ、君に面白いことを教えてあげる。ゼロの正体とか、どうだろう。知りたく、ないかい?」
スザクががんと席を立つ。その瞳には憤怒の焔が燃えていた。
「…教えてもらう」
「スザク、スザク駄目だ、こいつは危険…!」
がん、と見えない手がライの喉を潰した。吐いた唾が紅い。よろめいて膝を吐く。ぜいぜいと喘鳴を繰り返すライに目もくれずスザクは少年の方へ向かっていく。
「教えてもらう。ユフィに何があったんだ?」
「すざ…ッだめ、だ…ッ! き、けん………が、っは…げほッ」
止まらない咳がライの喉を灼いた。ごぼッと喀血する。少年は傷むようにライを見てからスザクの方を見上げる。
「ほんとうにいいのかな。君はもしかしたら親友を失くしちゃうかもしれないよ? 後から知りたくなかったなんて、なしだからね」
「だ、め……すざ、…げッ…は、…」
「ライ、ごめん。おれはユフィを死に追いやったものがなんであるかを知りたい。たとえそれでオレの大事なものを失くすことになっても。オレはユフィを殺したものを赦すことはできない!」
冷徹な青白い光がスザクの目の中で燐光を放つ。憤怒と哀切に泣く瞳が燃えていた。
「すざ……!」
「ごめん、ライ。愛してるよ」
血まみれのライの唇を吸ってからスザクは少年に向かい合った。
「じゃあ教えてあげよう――」


 飛び出して行ってしまったスザクを追うことさえできない。幾歳の時を経てしまった体は脆い。ちょっとした負荷ですぐさま不具合を起こす。喀血しながらライはV.V.を睨みあげた。少年は何でもないようなつまらなさそうな顔をしてユーフェミアの遺体を眺めている。
「ゼロの正体が誰であるかは君も知らなかったみたいだね。シャルルの子さ。ルルーシュって、言ったかな。君とは学校が同じだね。だからこそ余計に赦せないのかなあ。君はどうだい? このお姫様がルルーシュにギアスをかけられて殺された事実を知った今、どうだい?」
血を吐いて地に伏しているライに出来ることはない。少年の靴先がライの腹にめり込む。
「案外つまらなかったな。もっとも、シャルルがちょっと動揺していたのは愉しかったけどね。君はなかなか使える駒だね。失くすのが惜しいや。だからまた眠ってもらおうかな」
ずる、とライが体を引きずる。起きようとして肘を立て、何とか立ち上がろうとする。
「…嫌だ。僕はもう、大切な人を失くすのは、もう、嫌だ…!」
V.V.はつまらないものでも見るようにライを見下す。
「駒の分際で大切な人、なんておこがましいよ。ぼくはシャルルさえいえればいいんだ。他は何もいらない。何て無欲なんだろう。いい人だろう? だからそのために働けることを喜んでよ」
現にほら、スザクってあの子は君よりルルーシュを選んだじゃないか。復讐に燃えたスザクの瞳の燐光のはじかれた先をライは忘れない。スザクは泣いていた。親しい人に怒りを向けなければならないことに泣いていた。だからライが死んでもスザクを止められなかった。スザク自身が、己が背負う業を認めていた。
 「そうさせたのは、お前だ!」
ぱん、とV.V.は無造作にライの頬を張った。その勢いでライはまた地に伏せた。起き上がる気力がない。喘鳴を繰り返す喉が灼けるように熱い粘つく紅い体液は奥底から溢れてその白く細い頤を汚した。
「ほら、君には休息が必要だ。その体で彼等のところへいったって何も出来やしないさ。大人しくぼくの言うとおりに」
「ルルーシュ、スザクを、ユフィを帰せ! お前らなんかに奪われてたまるかッ! 返せぇッ!!」
がん、とライがその打たれた頬を蹴りあげられた。少年の体であるから破壊力など微々たるものだ。だがそれ以上にその一撃はライの気をくじく。
「ぼくも彼女も、望まれたから力をあげたんじゃないか。いったはずだよ、これは契約だってね。いまさら君が言う言葉なんか何もないよ」
涙があふれて止まらない。自分に出来ることなんて何もない。スザクを留めることも、ユフィを救うことも出来なかった。無力。それでいて暴走間近なこの特異能力は目の奥をずきずきと痛ませた。脈打つ痛み。一定の間隔をおいて脈打つそれは催眠術にも似て。
「そのまま眠ってしまうと良いよ。いつかまた、起こしてあげるよ、きっとね…」
V.V.の口が裂けるように笑んだ。

「おやすみ」

灼けつく慟哭を胸に刻みながらライは再度意識を失った。
ごめん、スザク。僕はもう、君と。だからせめて君の、君の行く末に難のないことを願う。
僕のこと、忘れて――

涙したまま深い眠りについたライの体をV.V.がごろりと爪先でけって仰臥させる。引き締まっていて戦闘に最適な体躯。亜麻色の髪は毛先へ行くほど蜜色に透き通り、閉じられている目蓋の奥の双眸は薄氷から群青へと様々に色を変える。美しい。美しく有能なコマだ。だから絶対手放したりなんかしないよ。
「さて、あとはナナリーかあ。面倒だな。この子の相手してる方がずっと楽しいんだけどな」
V.V.の不遜な言葉を聞いたのは深淵の眠りについたライと永遠に目覚めないユーフェミアだけだった。


《了》

V.V.は結構ライのこと気に入ってると思う。          2012年3月18日UP

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